Topic 71. 「子どもの弱視見逃し」は“脳の発達に影響する”という深刻な事情
「子どもの弱視見逃し」は“脳の発達に影響する”という深刻な事情ーー3歳児健診での早期発見・治療が必要な理由
視覚と脳はセットで発達することをご存じだろうか。赤ちゃんの目はほとんど見えていないが、子どもの視力は3歳まで急速に発達し、6歳ごろには1.0となる。しかし、目に適切な刺激が入ってこないと視覚と脳は発達しない。子どもの「弱視の見逃し」は影響が大きいのだ。そこで屈折異常などが原因で生じる弱視を3歳頃までに発見し、早く治療する必要がある。
今年から6月10日が「こどもの目の日」となった。その理由は、日本眼科医会が「6歳で視力1.0」を目安に「子どもの目の健康を大切にしてほしい」と願ってのこと。背景には3歳児健診での弱視の見逃しを防ぎ、社会に弱視への理解を求める意図がある。さらには学校や生活の場でデジタル機器に触れる機会が増えたため、近視発症を防ぐよう警鐘を鳴らしている。「弱視の見逃し」には、どんな事情があるのか。
今年から6月10日が「こどもの目の日」となった。その理由は、日本眼科医会が「6歳で視力1.0」を目安に「子どもの目の健康を大切にしてほしい」と願ってのこと。背景には3歳児健診での弱視の見逃しを防ぎ、社会に弱視への理解を求める意図がある。さらには学校や生活の場でデジタル機器に触れる機会が増えたため、近視発症を防ぐよう警鐘を鳴らしている。「弱視の見逃し」には、どんな事情があるのか。
【写真】“弱視の子ども”が見ている世界
■子どもの弱視を指摘され、泣き崩れた母親
「弱視について、今まで誰も教えてくれませんでした。なぜもっと早く、この子の目が悪いことを見つけてあげられなかったんだろう」
そう言って6歳児Aちゃんの母親は、街中の眼科医院で泣き崩れた。小学校の健康診断(健診)により医療機関の受診を促され、眼科医から弱視を指摘されたからだった。
医師「3歳児健診で目の検査をした時、要再検査と言われませんでしたか?」
母親「3歳児健診? 目の検査なんてありましたっけ?」
医師「最初に、ご家庭で視力検査をしたでしょう?」
母親「そういえば、なぜ3歳でそんな検査をしなきゃいけないのかと思っていました。まだ黒板を見るわけでもないから、さっと済ませればいいかと思って……」
医師「お母さんは右と左、きちんと片方ずつ測っていたつもりでも、お子さんは指の間からこっそり見ていたのでは?」
母親「多分そうです。活発で、動き回る子だから。目を細めたり、首をかしげたりもしませんでしたので……」
責任を感じた母親は「何で見逃してしまったんだろう。私、母親失格です」とうなだれ、ハンカチで何度も涙を拭った。Aちゃんは不安そうに医師と母親の顔を交互に見ながら、母親の手をギュッと握りしめる。
Aちゃんの視力を測ってみると右目は1.0だが左目は0.3だった。左目は強い遠視と強い乱視が入り、「不同視弱視」といって、ほぼ右目だけで見ている状態だった。
日本眼科医会によると、ヒトの目の機能は3歳ごろまでに急速に発達し、6歳から8歳ごろまでにほぼ完成するが、視力の発達が途中で止まっている状態だと「弱視」となる。子どもの弱視は目だけの問題ではなく、目から受け取った映像の情報を処理する脳の発達とセットなので、弱視によってピントの合った映像が脳に送られないと、「見る機能」は充分に発達しない。
子どもの弱視の割合はおよそ50人に1人。いわゆるロービジョン(社会的弱視)とは異なる。メガネやコンタクトレンズを使っても矯正視力が1.0に満たないが正しい治療をすれば視力が獲得できる可能性のある弱視、つまり「医学的弱視」である。
目の機能の発達に合わせて3歳児健診での早期発見・早期治療が求められる。このタイミングを逸すると治療効果が上がりにくく、後の人生でずっと眼鏡やコンタクトレンズで矯正しても十分な視力を得られない。
■3歳児健診に「屈折検査」を
Aちゃんの母親は「赤ちゃんの時から笑いかけると笑顔で応じます。だから見えていると思っていました」と話した。3歳児は視力が「0.3」程度あれば本人にとっても支障はなく、保護者や周囲の大人も気づきにくい。
医師は、自分を責めて泣き続ける母親を「今から治療すれば大丈夫です。見えるほうの目にアイパッチを着けて視力を伸ばしていきましょう。頑張りましょう」と励ました。また、Aちゃんに「あなたの目は左側だけまだ赤ちゃんなんだよ。だから鍛えてお姉ちゃんの目にしてあげようね」と説明すると大きくうなずいた。
■子どもの弱視を指摘され、泣き崩れた母親
「弱視について、今まで誰も教えてくれませんでした。なぜもっと早く、この子の目が悪いことを見つけてあげられなかったんだろう」
そう言って6歳児Aちゃんの母親は、街中の眼科医院で泣き崩れた。小学校の健康診断(健診)により医療機関の受診を促され、眼科医から弱視を指摘されたからだった。
医師「3歳児健診で目の検査をした時、要再検査と言われませんでしたか?」
母親「3歳児健診? 目の検査なんてありましたっけ?」
医師「最初に、ご家庭で視力検査をしたでしょう?」
母親「そういえば、なぜ3歳でそんな検査をしなきゃいけないのかと思っていました。まだ黒板を見るわけでもないから、さっと済ませればいいかと思って……」
医師「お母さんは右と左、きちんと片方ずつ測っていたつもりでも、お子さんは指の間からこっそり見ていたのでは?」
母親「多分そうです。活発で、動き回る子だから。目を細めたり、首をかしげたりもしませんでしたので……」
責任を感じた母親は「何で見逃してしまったんだろう。私、母親失格です」とうなだれ、ハンカチで何度も涙を拭った。Aちゃんは不安そうに医師と母親の顔を交互に見ながら、母親の手をギュッと握りしめる。
Aちゃんの視力を測ってみると右目は1.0だが左目は0.3だった。左目は強い遠視と強い乱視が入り、「不同視弱視」といって、ほぼ右目だけで見ている状態だった。
日本眼科医会によると、ヒトの目の機能は3歳ごろまでに急速に発達し、6歳から8歳ごろまでにほぼ完成するが、視力の発達が途中で止まっている状態だと「弱視」となる。子どもの弱視は目だけの問題ではなく、目から受け取った映像の情報を処理する脳の発達とセットなので、弱視によってピントの合った映像が脳に送られないと、「見る機能」は充分に発達しない。
子どもの弱視の割合はおよそ50人に1人。いわゆるロービジョン(社会的弱視)とは異なる。メガネやコンタクトレンズを使っても矯正視力が1.0に満たないが正しい治療をすれば視力が獲得できる可能性のある弱視、つまり「医学的弱視」である。
目の機能の発達に合わせて3歳児健診での早期発見・早期治療が求められる。このタイミングを逸すると治療効果が上がりにくく、後の人生でずっと眼鏡やコンタクトレンズで矯正しても十分な視力を得られない。
■3歳児健診に「屈折検査」を
Aちゃんの母親は「赤ちゃんの時から笑いかけると笑顔で応じます。だから見えていると思っていました」と話した。3歳児は視力が「0.3」程度あれば本人にとっても支障はなく、保護者や周囲の大人も気づきにくい。
医師は、自分を責めて泣き続ける母親を「今から治療すれば大丈夫です。見えるほうの目にアイパッチを着けて視力を伸ばしていきましょう。頑張りましょう」と励ました。また、Aちゃんに「あなたの目は左側だけまだ赤ちゃんなんだよ。だから鍛えてお姉ちゃんの目にしてあげようね」と説明すると大きくうなずいた。
その後、学校に行く前などに1~2時間、2年ほどアイパッチを装着することで視力は0.8~0.9程度にまで上がった。
不同視弱視の場合、アイパッチの装用時間は1日1~3時間だが、程度や疾患の種類に応じて変わる。弱視の発見年齢が高いと効果が出にくいため、長時間にわたって着けねばならない。適切な治療によって視力が向上すれば徐々に時間を短くし、正常になったらやめ、定期的に診察を受ける。
早期発見・早期治療が重要な理由は、アイパッチを着ける期間が短くて済むし、効果も大きいから。一方、保護者の危機感をあおりすぎると、「乳児のもっと早い段階で精密検査をしてほしい」などというニーズも出てくる。しかし、焦ることはない。「3歳児健診で見逃さないこと」が重要であるという。
日本眼科医会 乳幼児・学校保健担当常任理事の柏井真理子氏(京都市の眼科柏井医院院長)は、「弱視を見逃した母親は悪くない。そもそも3歳児健診の眼科検査の仕組みに問題がある」と指摘する。そこで日本眼科医会は3~4年前から、市区町村の3歳児健診に目の屈折異常を専用の機器で容易に測定できる「屈折検査」を導入するよう、国をはじめ関係団体や都道府県の眼科医会に働きかけてきた。
柏井氏によると、3歳児健診での視覚検査は1997年度から市区町村が担当し、1次検査は家庭で行われる。保護者は、「ランドルト環」といってアルファベットの「C」の文字のような円の一部が切れた図形による検査で子どもの視力を判定し、アンケート(問診票)に回答する。
左右いずれかの視力が0.5未満の場合は、市区町村の保健センターなどの2次検査会場で再度、保健師などによる視力検査を受ける。しかし、家庭で視力検査がうまくできたと判断された場合は視覚検査が原則、そこで終了してしまう。
視力不良の場合以外にも何らかの事情で家庭での視力検査ができなかった場合は2次検査会場で視力検査を受ける。そこで左右いずれかの視力が0.5未満の場合やアンケートから何らかの異常が疑われる場合には、眼科精密検査受診票が交付され、医療機関での3次検査(精密検査)を受ける。3歳児健診の眼科検査について柏井氏は次のように話した。
不同視弱視の場合、アイパッチの装用時間は1日1~3時間だが、程度や疾患の種類に応じて変わる。弱視の発見年齢が高いと効果が出にくいため、長時間にわたって着けねばならない。適切な治療によって視力が向上すれば徐々に時間を短くし、正常になったらやめ、定期的に診察を受ける。
早期発見・早期治療が重要な理由は、アイパッチを着ける期間が短くて済むし、効果も大きいから。一方、保護者の危機感をあおりすぎると、「乳児のもっと早い段階で精密検査をしてほしい」などというニーズも出てくる。しかし、焦ることはない。「3歳児健診で見逃さないこと」が重要であるという。
日本眼科医会 乳幼児・学校保健担当常任理事の柏井真理子氏(京都市の眼科柏井医院院長)は、「弱視を見逃した母親は悪くない。そもそも3歳児健診の眼科検査の仕組みに問題がある」と指摘する。そこで日本眼科医会は3~4年前から、市区町村の3歳児健診に目の屈折異常を専用の機器で容易に測定できる「屈折検査」を導入するよう、国をはじめ関係団体や都道府県の眼科医会に働きかけてきた。
柏井氏によると、3歳児健診での視覚検査は1997年度から市区町村が担当し、1次検査は家庭で行われる。保護者は、「ランドルト環」といってアルファベットの「C」の文字のような円の一部が切れた図形による検査で子どもの視力を判定し、アンケート(問診票)に回答する。
左右いずれかの視力が0.5未満の場合は、市区町村の保健センターなどの2次検査会場で再度、保健師などによる視力検査を受ける。しかし、家庭で視力検査がうまくできたと判断された場合は視覚検査が原則、そこで終了してしまう。
視力不良の場合以外にも何らかの事情で家庭での視力検査ができなかった場合は2次検査会場で視力検査を受ける。そこで左右いずれかの視力が0.5未満の場合やアンケートから何らかの異常が疑われる場合には、眼科精密検査受診票が交付され、医療機関での3次検査(精密検査)を受ける。3歳児健診の眼科検査について柏井氏は次のように話した。
「1次検査は保護者が行いますが、3歳児の自覚的な検査なので不確実であり、多くの弱視を見逃すリスクがあります。さらに精密検査の受診を指示されても保護者の危機感が薄く、約4分の1が眼科を受診していないことも弱視などの見逃しの原因です」
■「弱視の見逃し」は脳の発達にも影響する
ランドルト環による視力検査は「見え方」を確認するために行う自覚的な検査だ。一方、機器を使った屈折検査は、遠視や近視、乱視など目のピントのずれを他覚的に計測し、弱視の原因となりうる強い屈折異常が把握できる。
さらには現在、健診で広く活用されている屈折検査機器は、眼内に外からの刺激を妨げる疾患の存在を見つけることができる他覚的スクリーニング検査でもある。柏井氏は「両方やる必要がある」と強調する。併用することの有効性については、すでに屈折検査を導入している地域で成果が表れている。
全国のトップを切って2017年に全県導入を果たした群馬県の事例では、屈折検査導入前の2016年度は2次検査までで「要精密検査」とされたのがわずか1.3%だったのに対し、導入を経て2018年度に調査したところ、「要精密検査」は12.9%と10倍増の検出率に向上した。
2次検査で屈折検査を実施すると、「異常あり」は9.9%見つかっていた。その結果、全受診者のうち要治療率は 2.3%となり、屈折検査導入前の 2016 年度の要治療検出率 0.1%と比べて大きく改善した。つまり今まで見逃されてきた弱視が3歳児健診でしっかりと発見されるようになったのである。
日本眼科医会は全国調査を実施し、厚生労働省(厚労省)に全国の現状と屈折検査の有効性を示し、弱視見逃しのリスクについて対策を講じるよう働きかけたところ、2022年度から自治体の屈折検査機器購入において半額を国が補助することになった。これが原動力となって全国で3歳児健診に屈折検査を導入する市区町村は増え、2022年度内に全国の市区町村の77.9%が屈折検査を導入している。
■「弱視の見逃し」は脳の発達にも影響する
ランドルト環による視力検査は「見え方」を確認するために行う自覚的な検査だ。一方、機器を使った屈折検査は、遠視や近視、乱視など目のピントのずれを他覚的に計測し、弱視の原因となりうる強い屈折異常が把握できる。
さらには現在、健診で広く活用されている屈折検査機器は、眼内に外からの刺激を妨げる疾患の存在を見つけることができる他覚的スクリーニング検査でもある。柏井氏は「両方やる必要がある」と強調する。併用することの有効性については、すでに屈折検査を導入している地域で成果が表れている。
全国のトップを切って2017年に全県導入を果たした群馬県の事例では、屈折検査導入前の2016年度は2次検査までで「要精密検査」とされたのがわずか1.3%だったのに対し、導入を経て2018年度に調査したところ、「要精密検査」は12.9%と10倍増の検出率に向上した。
2次検査で屈折検査を実施すると、「異常あり」は9.9%見つかっていた。その結果、全受診者のうち要治療率は 2.3%となり、屈折検査導入前の 2016 年度の要治療検出率 0.1%と比べて大きく改善した。つまり今まで見逃されてきた弱視が3歳児健診でしっかりと発見されるようになったのである。
日本眼科医会は全国調査を実施し、厚生労働省(厚労省)に全国の現状と屈折検査の有効性を示し、弱視見逃しのリスクについて対策を講じるよう働きかけたところ、2022年度から自治体の屈折検査機器購入において半額を国が補助することになった。これが原動力となって全国で3歳児健診に屈折検査を導入する市区町村は増え、2022年度内に全国の市区町村の77.9%が屈折検査を導入している。
ハード面の充実で「弱視見逃し」のリスクはかなり改善されたが、それでも柏井氏は「保護者に必要性が理解されなければ『要精密検査』と言われてもスルーしたり、治療に後ろ向きだったりするケースがある」と警鐘を鳴らす。
「保護者は『自分も眼鏡をかけているから、目が悪いのは遺伝のため。子どもには大きくなってから眼鏡かコンタクトで矯正すれば大丈夫』と思っている方が少なくありません。しかし、目と脳の発達が結びついて視覚から入ってきた情報を処理する能力として視力を捉え、弱視の見逃しは脳の発達にも影響すると知ってほしいのです」
2023年はおおむね10年に一度の母子手帳の改定の時期だったので、母子手帳に「屈折検査」という文言を入れるよう日本眼科医会として働きかけた。
また、柏井氏は2022年度に厚労省の国庫補助金により株式会社キャンサースキャンが実施した「3歳児健康診査における視覚検査の実施体制に関する実態調査研究」で座長を務めた。この取り組みでは、全国の実態を踏まえて、検査を担当する自治体向けの手引書や事例集、保護者向けの啓発リーフレットを作成している。
柏井氏によると、全国のトップを切って屈折検査導入100%を果たした群馬県は、眼科医会が市町村の健診の担当者を集めて研修し、一丸で取り組んだ。「弱視見逃し」が起こった子どもの保護者がどれほど後悔したかを伝え、「3歳で見つけてなければ子どもの人生に影響する」という危機感を共有した。
■発達障害の子や海外にルーツのある保護者にも情報提供
何らかの事情で家庭での視力検査ができないこともある。例えば発達に遅れがある子どもの場合は、ランドルト環による検査の指示を理解できないかもしれない。柏井氏は「だからといって『学校に上がるまで視力検査は無理』と諦めず、そういうケースこそ他覚的な屈折検査によって目の疾患の見逃しを防いでほしい」と話す。
また、海外にルーツのある保護者に向けた情報提供ツールとして、英語・中国語・ポルトガル語に翻訳した案内文を作成した。
「障害のある子、海外にルーツを持つ子こそ、屈折検査を受けに来てほしいです。視力が発達すればコミュニケーション能力も上がります。目からクリアな情報が入ると、知能や心身の発達にも必ずいい影響があります。遠慮せず眼科に来ください」
柏井氏は、弱視を治療している子どもの保護者から「『幼い時期から眼鏡をかけるなんて、テレビやゲームのし過ぎを放置して目が悪くなったの? 親の責任では?』などと言われて傷ついた」という声を何度も聞いた。
しかし、弱視は早期発見・早期治療で視力は獲得できる疾患であり改善するし、そもそも発見の遅れは制度の限界であると強調する。治療が難航する遅い時期に弱視と診断されて「青天の霹靂」と泣き崩れた保護者に落ち度はない。
そのうえで「弱視治療の眼鏡をかけている子どもや、アイパッチをして弱視訓練をしている子どもに出会ったら温かく見守ってほしい。そのためには見守る大人や社会の理解が必要」とし、「6月10日は『こどもの目の日』」とした理由を次のように述べた。
「なぜ6月10日かと聞かれれば、『6歳で視力1.0』を実現するため。弱視を3歳児健診で見つけて治療してほしいのです。こども家庭庁が『こどもまんなか社会』の実現を目指すように、子どもの目の健康も社会の大人全員の見守りが不可欠です」
■眼科園医を置いている幼稚園・保育所は1割程度
また、柏井氏は「幼児教育・保育の現場でも弱視見逃しのリスクを知ってほしい」と話した。ランドルト環の視力検査は幼稚園で5~6割、保育所でも3割程度は実施しているが、すべてではないので保護者による1次検査とのクロスチェックにはなっていない。
保育所嘱託医または園医として眼科園医を置いているところは1割程度で、子どもの目の健康について専門医が正しい知見を踏まえて啓発している幼稚園・保育所は少ない。
「片方の目がほとんど見えていない子が成人し、事故などで見えている目を失明したら仕事や生活に支障をきたします。地域の眼科医、健診に携わる看護師や保健師、教員や保育士、保護者ら子どもに関わる大人は全員が子どもの将来を見据え、目の健康を守る意識を持ってほしいのです。3歳児健診で屈折検査が実施されていない残り2割の市区町村では行政に導入を働きかけてください」
「6歳で視力1.0」が実現できても人生は長い。昨今、生活のデジタル化などによって近視が増えており、近視は歳を重ねると緑内障や網膜剥離のリスク要因となる。だからこそ、6歳以降はゲームをする時間を制限し、手元を見る距離を30センチは必ず確保すること、外遊びも積極的に取り入れるなど、“目を酷使しない生活”を送る必要がある。子どもの目の健康は、社会の大人が目を凝らし、見守ってこそ実現する。
若林 朋子 :フリーランス記者
「保護者は『自分も眼鏡をかけているから、目が悪いのは遺伝のため。子どもには大きくなってから眼鏡かコンタクトで矯正すれば大丈夫』と思っている方が少なくありません。しかし、目と脳の発達が結びついて視覚から入ってきた情報を処理する能力として視力を捉え、弱視の見逃しは脳の発達にも影響すると知ってほしいのです」
2023年はおおむね10年に一度の母子手帳の改定の時期だったので、母子手帳に「屈折検査」という文言を入れるよう日本眼科医会として働きかけた。
また、柏井氏は2022年度に厚労省の国庫補助金により株式会社キャンサースキャンが実施した「3歳児健康診査における視覚検査の実施体制に関する実態調査研究」で座長を務めた。この取り組みでは、全国の実態を踏まえて、検査を担当する自治体向けの手引書や事例集、保護者向けの啓発リーフレットを作成している。
柏井氏によると、全国のトップを切って屈折検査導入100%を果たした群馬県は、眼科医会が市町村の健診の担当者を集めて研修し、一丸で取り組んだ。「弱視見逃し」が起こった子どもの保護者がどれほど後悔したかを伝え、「3歳で見つけてなければ子どもの人生に影響する」という危機感を共有した。
■発達障害の子や海外にルーツのある保護者にも情報提供
何らかの事情で家庭での視力検査ができないこともある。例えば発達に遅れがある子どもの場合は、ランドルト環による検査の指示を理解できないかもしれない。柏井氏は「だからといって『学校に上がるまで視力検査は無理』と諦めず、そういうケースこそ他覚的な屈折検査によって目の疾患の見逃しを防いでほしい」と話す。
また、海外にルーツのある保護者に向けた情報提供ツールとして、英語・中国語・ポルトガル語に翻訳した案内文を作成した。
「障害のある子、海外にルーツを持つ子こそ、屈折検査を受けに来てほしいです。視力が発達すればコミュニケーション能力も上がります。目からクリアな情報が入ると、知能や心身の発達にも必ずいい影響があります。遠慮せず眼科に来ください」
柏井氏は、弱視を治療している子どもの保護者から「『幼い時期から眼鏡をかけるなんて、テレビやゲームのし過ぎを放置して目が悪くなったの? 親の責任では?』などと言われて傷ついた」という声を何度も聞いた。
しかし、弱視は早期発見・早期治療で視力は獲得できる疾患であり改善するし、そもそも発見の遅れは制度の限界であると強調する。治療が難航する遅い時期に弱視と診断されて「青天の霹靂」と泣き崩れた保護者に落ち度はない。
そのうえで「弱視治療の眼鏡をかけている子どもや、アイパッチをして弱視訓練をしている子どもに出会ったら温かく見守ってほしい。そのためには見守る大人や社会の理解が必要」とし、「6月10日は『こどもの目の日』」とした理由を次のように述べた。
「なぜ6月10日かと聞かれれば、『6歳で視力1.0』を実現するため。弱視を3歳児健診で見つけて治療してほしいのです。こども家庭庁が『こどもまんなか社会』の実現を目指すように、子どもの目の健康も社会の大人全員の見守りが不可欠です」
■眼科園医を置いている幼稚園・保育所は1割程度
また、柏井氏は「幼児教育・保育の現場でも弱視見逃しのリスクを知ってほしい」と話した。ランドルト環の視力検査は幼稚園で5~6割、保育所でも3割程度は実施しているが、すべてではないので保護者による1次検査とのクロスチェックにはなっていない。
保育所嘱託医または園医として眼科園医を置いているところは1割程度で、子どもの目の健康について専門医が正しい知見を踏まえて啓発している幼稚園・保育所は少ない。
「片方の目がほとんど見えていない子が成人し、事故などで見えている目を失明したら仕事や生活に支障をきたします。地域の眼科医、健診に携わる看護師や保健師、教員や保育士、保護者ら子どもに関わる大人は全員が子どもの将来を見据え、目の健康を守る意識を持ってほしいのです。3歳児健診で屈折検査が実施されていない残り2割の市区町村では行政に導入を働きかけてください」
「6歳で視力1.0」が実現できても人生は長い。昨今、生活のデジタル化などによって近視が増えており、近視は歳を重ねると緑内障や網膜剥離のリスク要因となる。だからこそ、6歳以降はゲームをする時間を制限し、手元を見る距離を30センチは必ず確保すること、外遊びも積極的に取り入れるなど、“目を酷使しない生活”を送る必要がある。子どもの目の健康は、社会の大人が目を凝らし、見守ってこそ実現する。
若林 朋子 :フリーランス記者